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曹叡は、いつの間にか涙を流していた。
もはや、彼の頭には狩りの事は考えていなかった。
曹叡は曹丕を真直ぐに見て言った。
「陛下はすでに母親の鹿を射殺しておしまいになりました。どうしてこのわたしが、その子まで殺す事が出来ましょうか」
曹丕はハッとした。
(平原王は、この鹿の親子と、自分と母親の事を重ねているのか…!)
それは、曹叡が母親の死に対して自分に言った、初めての意見では無かっただろうか。
曹丕はじっと息子の顔を見た後、手にあった弓矢を放り捨てた。
「…そうだな、そなたの言う通りだ。子鹿は母を亡くし、辛い思いをしているのだからな…」
曹丕はぷいっと背を向けて、帰途につき始めた。
それから帰り着くまで、曹丕は曹叡に背を向けていたから、父親が密かに涙を流していたことに気付かなかったのだった…
…この日以降、曹丕は曹叡を高く評価するようになり、やがて自分が病に倒れると、彼を太子に立てたのである。
時は黄初七年(226年)五月、曹叡二十二才の事だった…
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