53人が本棚に入れています
本棚に追加
コンコン
遠慮がちに背中の扉が鳴った。
マリアが心配して見に来たのだろう。
「大丈夫だよ、大丈夫だから…」
声が震える。
恐怖は僕の体温を奪っていく。
冷や汗なのか脂汗なのか、それとも知らない間に流れ出した涙なのか解らないが…
足元に水滴がタタッと滴った。
ドアを開け、背を向けて座り込む僕の後ろにしゃがんだマリアは、冷たい手を僕の額に当てた。
絵の構図が煮詰まったときや、体調の優れないとき、マリアの冷たい手が僕の特効薬だ。
自然と落ち着いた気分になってきた。
「落ち着いてバース。やっぱり今日もいつもの悪夢を見たのね?朝からおかしいと思ってたのよ」
悪夢?
ああ、そういえば…そんな恐怖もあったっけな。
恐怖と呼べるほどの物ではなかったと、今になって言える。
安堵の後に、恐怖の波が押し寄せてきた。
恐怖とは、自分の意思に従えず、恐れおののきながら暮らす事。
恐怖とは、愛する恋人の傍を離れ、その顔も見れぬまま年老いて死ぬ事。
恐怖とは、見たくも無い対象物を額縁に収め続ける事。
初めて僕は僕の能力を疎んだ。
恐怖とは……僕の能力を愛した女王陛下、その人なのだから。
最初のコメントを投稿しよう!