招待状

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コンコン 遠慮がちに背中の扉が鳴った。 マリアが心配して見に来たのだろう。 「大丈夫だよ、大丈夫だから…」 声が震える。 恐怖は僕の体温を奪っていく。 冷や汗なのか脂汗なのか、それとも知らない間に流れ出した涙なのか解らないが… 足元に水滴がタタッと滴った。 ドアを開け、背を向けて座り込む僕の後ろにしゃがんだマリアは、冷たい手を僕の額に当てた。 絵の構図が煮詰まったときや、体調の優れないとき、マリアの冷たい手が僕の特効薬だ。 自然と落ち着いた気分になってきた。 「落ち着いてバース。やっぱり今日もいつもの悪夢を見たのね?朝からおかしいと思ってたのよ」 悪夢? ああ、そういえば…そんな恐怖もあったっけな。 恐怖と呼べるほどの物ではなかったと、今になって言える。 安堵の後に、恐怖の波が押し寄せてきた。 恐怖とは、自分の意思に従えず、恐れおののきながら暮らす事。 恐怖とは、愛する恋人の傍を離れ、その顔も見れぬまま年老いて死ぬ事。 恐怖とは、見たくも無い対象物を額縁に収め続ける事。 初めて僕は僕の能力を疎んだ。 恐怖とは……僕の能力を愛した女王陛下、その人なのだから。
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