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「じゃあ後でケーキ焼いて持って行くわね」
いつもと変わらず僕を送り出すマリアの笑顔が、今は堪らなく愛おしく見える。
あの後、マリアは何も言わずに僕を抱きしめてくれた。
何も聞かなかった。
本当に夢のせいだと思ってくれたのだろうか…
それを尋ねると怪しまれそうで出来なかった。
マリアは知らないままで居てほしい。
僕の中でもまだ整理しきれていないから。
今は、ただ、彼女が愛おしい。
あの屈託の無い優しい笑顔。
まるで聖母だと、何度思ったことだろう。
背中の中ほどまで伸ばされた、繊細で絹糸のようなブロンドの髪。
長い睫毛は、エメラルド色の瞳を彩る。
小さく控えめの鼻に、ピンクのぽってりした唇。
抱きしめると折れそうな程、細く華奢な体、白くきめ細かな肌。
愛しいマリア。
どんな選択をしても、もう見る事は叶わないのだろうか。
「待ってるよ、行ってきます」
僕の頬に唇をつけ、マリアが笑う。
彼女の頬にも同じ事をし、視線を絡ませたら踵を返した。
司祭の待つ教会へ足を向ける。
教会は、街の真ん中にある噴水の前だ。
石畳を踏み鳴らしながら、僕は太陽を背中に浴びる。
目の前に落ちる自分の影を踏もうと躍起になりながら、半ば走るように街の中心へ向かった。
どうか女王陛下が、僕への興味を無くしますように。
どうか。
どうか。
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