11人が本棚に入れています
本棚に追加
白井を追い出して、ほぅっと一息ついた渚であったが、なぜか自分への視線の多くなっていた。
思わぬ一面、という物を見てしまったように、クラスは興ざめしている。
ただいつの間にか席に着いていた青沢の知ったふうな表情が気にくわなかった。
白井とのやり取りは今に始まったことではなかったし、誰の目にも有り触れた光景のはずだった。
ただ声をあらげてしまったのがまずかった。
しかし気付いた時には、担任が一言。
「お、来たか。赤崎。感心、感心。」
(誰もあんたの為に来たわけじゃねぇ。)
「なぁ、悪かったって。」
白井はしつこい。渚は急ぎ足で教室を抜け出したが、長身の歩幅は意外と広い。
「でもさ、お前進級やばいだろ。先生も悩んでたし、俺が何度言っても遅刻してくるし。だからさ…」
「つい嬉しくてあの破天荒かよ。」
「いや、着替えるの面倒だっただけ。」
足を止めた。渚は白井の告白と謝罪を、一割だけ受け取り、 「なぁ、俺達ってこんな馬鹿コンビだったのか?」
「馬鹿?分かってないな。」
白井は回り込むと、両手の指先を水平に広げる。
「いいか?馬鹿と天才の幅はこれくらい離れてる、なんて人はよく言う。けどな…」
その指が接近していく。
「天才と馬鹿は紙一重さ。人は皆気付いてないだけで、馬鹿はたった一秒で天才に化ける。また逆もしかり。」
指はくるりと逆転し、白井はにやけた。
「天才だって、一般人からしたら奇人さ。馬鹿だってそうだろ?お笑いなんてウケなきゃただの見世物になる。」
「お前はどっちなんだ。」
「天才だ。決まってるだろ?」
溜息はいつも哀しい。渚はそう断言できる白井の確信的でもあり、不確定でもある答えに救いはいらないように思えた。
「皆は馬鹿だと思ってる。」
「気にすんなって。」
「お前はそれでいい。」
鞄で白井の胸を押し、道を作る。
「でも俺は嫌なんだよ。」
「遅刻魔で充分ってか?」
「退治されんのは御免だ。」
渚は白井を残して階段を降りる。一際高地に建てられた校舎からは、いつもの夕日が見えた。
どこまでも朱く、これから一層染まりあがる太陽は渚の視覚では既に沈む寸前の色合いになっている。
(馬鹿と天才か。)
あいつはある意味天才だと渚は思った。
自分と周りの測り方を知っているから。
真実っていうやつの捩曲げ方が。
最初のコメントを投稿しよう!