空の器

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渚は時々気になって指輪に目をやる。学校を出てからも指輪は間隔を置いて締めてくるものの、力を弱めていた。 むず痒いくらい切なく結わう指輪に、渚は少しずつほだされてしまう。 「…?」 見覚えのない廃材置場。鉄板や鉄パイプが散乱し、骨組みの奥には青いビニールシートが出番待ちのがらくたを覆っていた。 「来たか…」 声がする。渚は静止して注意をはらった。 ここ最近の出来事といったら常軌を逸している。渚は内心の恐れをひた隠しにして、相手の出方を待った。 「なんだ。その怯え方は。」 残響するその声の出所を、渚は特定出来なかった。 「珍しいな、怯えながらも、意識は線を外れない。未だ不慣れなのは仕方あるまい。」 渚は目を閉じた。どうせもう夜だ。ぼんやりとした視界より、澄んだ音を選ぶ。 「が、おしいな。」 「…。」 「もう少し優越感をもったほうがいい。余裕がない。余裕がなければ域値を捉える事もままならない。」 渚は掌に滲む汗を顔に刷り込む。湿った顔に当たる風はひんやりと過ぎていく。 「まぁいい。言葉では伝えるにも限界がある。」 右肩に感じる重さで、渚は目を開ける。 「もう少し感応度も上げるべきかな。感知するには時間がかかりすぎる。」 小さな鼻、六本の髭、擽る手足。 「なぜかな?君の四肢からは怨を感じない。それとも隠しているだけなのかな?」 「とりあえず、自己紹介しろ。常識だろ?」 「ややっ、これは失礼した。」 と白い生き物は飛び降り、後ろ脚で器用に立つ。 「つい朱零の発現に高揚してしまったもので…。しかし長も無茶なさる。」    「前座はいらないから、言え。何なんだお前は。」 「うむ…傀儡という。」 「かいらい?」 「そうだ。」 「鼠だろ?」 「仕方あるまい。もはや五世紀も前に断罪された身。鼠は半永久的に変わらんだろう。」 渚は引きずり込まれないように話をすり替える。 「それでかいらいさん。」 「ん?」 「あんたが俺に用があるのはわかった。」 「そうか。察しがいい。」 「手短に済む用件か?」 「いや、途方もなく長いな。…ま、短くできなくもないが?」
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