11人が本棚に入れています
本棚に追加
鼠は耳の裏を掻くと、黒目を渚に向ける。
「短くしてほしいか?」
「当たり前だ。五百年も生きてるあんたと違って、俺には時間がないんだ。あんたの話に嘘がなければだがな。」
「嘘?」
鼠は笑って自らを指差して返す。
「この儂が嘘をつくものか。大体、人と話せる鼠がどこにいる?」
「知るかよ。それに機械仕掛けかもしれないだろう。」
「おぉ、君が言っているのは、からくりの事かね?」
「そうともいう。…で?用件はなんだ?」
鼠は機敏に渚の肩へ上り、図々しく胡座をかいた。
「そろそろ来るころかの。」
「来る?何がだ?っていうかそこは…」
「かっかするな。直、来る。待ってなくても、向こうから来るのは確実だが…」
言う通り待つ方が利口だと渚は沈黙を選んだ。どのみち指輪は帰らせないのだ。
「ふむ。来たようだな。」
「いないぞ。」
足音はおろか、影さえも見えない。渚は鼠をつまみ睨みつける。
「おい、かいらいさんよ。」
「なんだ?」
「あんたなんで最後にこういう事すんの?」
「馬鹿者。その赤眼を使え。何の為に見える物全てが朱くなったと思ってる?」
「あんた…なんでその事…。」
「ほれ、後ろ後ろ。」
何気なく振り返る。渚は鼠をぽろりと落としてしまった。
「嘘つきとは誰の事かね?」
それは人にしては巨大で、生き物にしては難解で、からくりにしては生々しい姿をしていた。
馬の後ろ脚で立ち、一体どこの神様の子供なのか強靭な筋肉を見せ、顔は烏。
両手の鋭い鉤爪は天高く舞い、肉塊を刔らんと渚の胸部に向かって降りる。
渚は声を上げる間もなく、ただこの異形な殺戮者にその身を晒してしまった。
迫りくる鉤爪が胴に触れる瞬間、渚は何か別の力で空へ跳ねた。
地面に打ち付けた体は素直に起きず、強く打った頭のせいで視野は狭まりぼんやりとしている。
「何をしている?」
胸に飛び乗った鼠の問いは滑稽にも場違いに聞こえる。
「何って、その前に状況を説明しろ!」
起き上がり鼠を振り落とすと、渚は体の奥から得体の知れない動きを感じた。
「あがっ!?」
「用件は手短に。そう言ったのはあんたじゃろう?」
「お前のは手抜きっていうんだ!」
異形は距離を寄せてくる。身構えはするものの、特に策があるわけでもなく、渚は逃げ道を探した。
最初のコメントを投稿しよう!