空の器

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鼠は耳の裏を掻くと、黒目を渚に向ける。 「短くしてほしいか?」 「当たり前だ。五百年も生きてるあんたと違って、俺には時間がないんだ。あんたの話に嘘がなければだがな。」 「嘘?」 鼠は笑って自らを指差して返す。 「この儂が嘘をつくものか。大体、人と話せる鼠がどこにいる?」 「知るかよ。それに機械仕掛けかもしれないだろう。」 「おぉ、君が言っているのは、からくりの事かね?」 「そうともいう。…で?用件はなんだ?」 鼠は機敏に渚の肩へ上り、図々しく胡座をかいた。 「そろそろ来るころかの。」 「来る?何がだ?っていうかそこは…」 「かっかするな。直、来る。待ってなくても、向こうから来るのは確実だが…」 言う通り待つ方が利口だと渚は沈黙を選んだ。どのみち指輪は帰らせないのだ。 「ふむ。来たようだな。」 「いないぞ。」 足音はおろか、影さえも見えない。渚は鼠をつまみ睨みつける。 「おい、かいらいさんよ。」 「なんだ?」 「あんたなんで最後にこういう事すんの?」 「馬鹿者。その赤眼を使え。何の為に見える物全てが朱くなったと思ってる?」 「あんた…なんでその事…。」 「ほれ、後ろ後ろ。」 何気なく振り返る。渚は鼠をぽろりと落としてしまった。 「嘘つきとは誰の事かね?」 それは人にしては巨大で、生き物にしては難解で、からくりにしては生々しい姿をしていた。 馬の後ろ脚で立ち、一体どこの神様の子供なのか強靭な筋肉を見せ、顔は烏。 両手の鋭い鉤爪は天高く舞い、肉塊を刔らんと渚の胸部に向かって降りる。 渚は声を上げる間もなく、ただこの異形な殺戮者にその身を晒してしまった。 迫りくる鉤爪が胴に触れる瞬間、渚は何か別の力で空へ跳ねた。 地面に打ち付けた体は素直に起きず、強く打った頭のせいで視野は狭まりぼんやりとしている。 「何をしている?」 胸に飛び乗った鼠の問いは滑稽にも場違いに聞こえる。 「何って、その前に状況を説明しろ!」 起き上がり鼠を振り落とすと、渚は体の奥から得体の知れない動きを感じた。 「あがっ!?」 「用件は手短に。そう言ったのはあんたじゃろう?」 「お前のは手抜きっていうんだ!」 異形は距離を寄せてくる。身構えはするものの、特に策があるわけでもなく、渚は逃げ道を探した。
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