空の器

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「逃げちゃいかん。」 鼠は渚の頬をつねって前に向かせようとする。 「逃げるだろ!?普通!」 「残念だがお前さんは普通じゃない。」 異形はニ体のやり合いに咆哮で割り込んだ。 はっとして異形へ目を向けると、既に狙いを済ませていた。 「おいこら、鼠!」 「失礼な。傀儡と呼べ。」 「この際どうでもいい!なんかあるだろ、武器とか不思議な力とかっ。」 「あるにはあるが…」 「だったら、今すぐに出せ!もったいぶるなよ!」 「いやいや、それは…」 指輪に強引に引かれ、渚は異形の方へと転がり込む。ワイシャツの背がパックリと裂ける。 「なんでもいい!早く出せ!」 しかし傀儡は首を捻って難色を示す。 「残念だがすでにおまえさんの中にある。儂にはどうすることも出来ん。」 どういう事だと責っ付く渚は頭上の異形の踏み足に横へ更に逃げる。 「ふざけんな!どうにかしろ!」 「わめくなやかましい。」 傀儡は渚の頭上に乗りふみしだく。 「おまえも気付いておろうが。その目は視界を紅く染める為だけに宿ったわけではない。」 のけ者扱いされている事に苛立つ異形は、酷く耳障りでしつこい唸り声をあげる。だが渚の鼓膜には届かなかった。「おまえさんは死の瀬戸際というのを知らんだろう?」 「死にぞこないそうだよ!今!」 「無理もない。確かに朱零の攪は今後の僥を止められるかもしれん。だがこんな平和ボケの青二才では、いかに長の命とはいえ…」 渚は起き上がり、傀儡が思いもよらなかった名前を口にする。 「青沢七海か?」 「…。」 動揺はひそかに髭を浮き立たせる。 「どうも変だと思ってたんだ。昨日、青沢にあってから全部おかしくなっちまった。」 異形の鉤爪が渚の米神に迫る。 残像だけが残り、渚は異形の後ろにぼんやりと姿を現す。 「変な所に飛ばされて、変な餓鬼に変な指輪嵌められて、戻ってきたらどうだ?」 たった一撃。右足の裏で異形の左足を蹴ると、異形のバランスは糸も簡単に崩れた。 「青沢は何を企んでる?」 「企むとは?」 重い衝撃音と共に異形はあおのけに倒れた。 「企んでるだろ?別に青沢とは親しくはなかった。」 半身を起こそうとする異形を見逃さず、渚は蹴り上げた。脆くも異形は地面に落ち、身動きがとれない。
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