空の器

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「今あいつはどこにいる?」 渚の目には殺気しかなかった。傀儡は知らないと突っぱねるが渚はいとも簡単に傀儡を摘みあげて睨みつけた。 「答えろ。今すぐに確かめたい事がある。」 「だから、知らんと言っておろうが。」 「なら、お前がここで俺にやった事はどうなる?」 「…」 「お前、あいつに何を吹き込まれた。一体何を望んでいる?」 傀儡は顔を臥せ、根負けをした。 「わかった。ならば自分で確かめてこい。儂の口からは何とも言えん。」 「言いたくないのか?言えないのか?」 「どちらもだな。今こうして鼠の身体を借り受け、人の世に関われているだけで儲けものだ。今更、己の語る事柄に楔が打たれていようと、文句を言える筋ではない。」 傀儡は自らを笑い、渚を急がせる。 「ほれ、はよ行かんか。おまえさんが得たい答えは、あの御仁でなければ出せん。」 「一つだけ聞いていいか?」 「何かな?」 「全裸の感想は?」 「ばかもん。さぁ行けっ。」 傀儡は緩んだ渚の指圧から逃れ降り立つと、地面に幾何学模様を描いてその上に座り込んだ。行き先も分からないというのにとまた傀儡の首根っこに渚の手が延びかけると… 描かれた異質な陣の先に、僅かな歪みが見えた。 その歪みの幅は広がり楕円状に穴を開ける。 傀儡はその中を指差し頷いた。 渚は一歩ずつ進んで、右足から歪みの中へと沈んでいった。 「やれやれ…」 傀儡は顔を両腕で拭きながら呟いた。 「長の守役を永久にとは、婢叡様も酷な事をやられる。」 歪みがやがて収まり、地が固まる。 「しかし、後はあやつの出来いかんだの。」 月明かりの中、傀儡は尻尾を天へ伸ばし横に振る。すると上空にそれまでなかったはずの雲が急速に立ち込めた。 「なに、どうあがいたとて定められた道。行くか退くかのどちらかしかあるまいて。」 雲の隙間から射す月明かりの中、傀儡はふっと消えた。 異形はゆらりと吹いた夜風に掠われ、運ばれ、再び月光が照らす場所は跡形もなく日常に帰った。 歯車が噛み合う瞬間に、号令が発せられた刹那に、殺意が弾けた直後に。 信じるに足る世界の明日が変わり行く。 奇妙で、そのくせ刺激的な興奮を渚は感じていた。
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