空の器

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「…」 「あんだよ。ちゃんときてやったぞ。もう少しマシな出迎えできねぇのかよ。」 七海は煤焼けた部屋に突然現れた渚をただ睨んだ。 「用件は一つだ。」 飾り気のないみすぼらしい部屋。畳は歩く事に歪む。 「俺を巻き込んで何をするつもりだ?」 七海は顔を逸らしてにやけた。 「何すかした面してんだよ。おりゃ被害者だぞ。」 「その割には、随分と肝が座ってるようね。」 見上げる七海の挑発的な目に、渚は仕掛けの匂いを感じる。 「大きなお世話だ。てめぇみたいな知ったか野郎、一番気にくわねぇんだよ。」 「仕方のない人ね。」 七海は立ち上がり渚の五寸手前に寄った。 高い小窓から差し込む月明かりが七海の横顔を照らし、渚は息を乱した。 やはり片目の瞳孔は見えなかった。隻眼の迫力は双眸以上に渚を飲み込もうとする。 「お帰りなさい、貴方。」 「気持ち悪いんだよ。」 「あら、キスはなし?」 「往復ビンタ。」 渚は手を上げ、七海の頬を狙う。だか勢いを弱め、頬に触れて七海の目をじっくりと眺めた。 「お前は独眼か…。」 「そしてあなたは赤眼。」 その時の七海は一瞬弱々しく微笑んだ。 「それとこの指輪だ。」 手の甲を七海の目線にまで上げて見せる。 「説明、してくれるな。」 「いいわ。」 七海は指先でぱちりと音を鳴らし、月明かりの影から椅子を二脚とテーブルを涌かせた。 七海は無反応の渚にこれまた無表情で座るよう促す。 「さて…それでは…」 そう切り出して、七海は一枚の写真を差し出した。 それは白黒の一世紀分ほどはあるだろう古い写真だった。 中央に座る老人、そして廻りを囲うようにして立つ壮年の男女、また更に周囲に並ぶ若者達。 写真に無理矢理押し込んだような配置に、渚は何かが足りないように思われた。 「まずは百年くらい前の話から始めるわ。…」
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