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「この写真は、今からおよそ百十年前にに取られたものよ。」
七海はそう言うと老人を指さした。
「つまりは明治初期か?にしては随分保存がいいな。」
「それは問題ではないわ。」
その老人は豪勢な顎髭に丸縁眼鏡と袴姿といった、文明開化に染めかけられた出で立ち。
「近代化が進んでいた明治で幾人もの偉人達が歴史の闇に葬られた。理念がいかに高尚でも、特化した部分が異端であったために…」
「俺やお前と同じだっていいたいのか?」
「同じ…そうね。それ以上かもしれない。私の曾祖父は、神祇官だった。天皇が神格化されて神社の地位が上がって、彼はその神格化をより強固な物にしようとした。」
親が親なら、子も子かと渚は老人と七海を見比べる。
「古くからある祈祷や占いを徹底的に調べあげて、独自に術体系を完成させた。それは当時でもその具現化に政府は奮え上がった。」
「まさか…明治天皇を本当の神に…。」
「確かに方針は政府と合致している。けれど、当初から政府には立憲君主制はあくまでお飾り。君主は玉座にただ座っていさえすればいい。」
「それはそれでいいんじゃないか?とにかく神様になってしまえばいいんだから。」
「そんな簡単なものじゃないわ。これが中世ならまだしも、近代社会のただ中でいきなり神様なんて現れてみなさい。」
七海は足を組んで、体を横に向けて憮然とした。
「国際問題どころじゃないわ。」
「でも実現はしなかった。」
「そういう事よ。実際、未だに天皇を本気で神だって思い込んでいる人もいるくらいだから、ある程度は成功していた。」 「そこで全てが終わったわけじゃない。」
七海の横目が苛立たしげに渚へ向く。
「そうなんだろ?」
「この老人にとっては存在意義に等しかったから…」
と指先で写真の外側にある頭を巡らせた。
「だからいずれかの神を作り出せば、政府も本腰を上げてくれる。そう信じていた。」
「…」
「分かるでしょう?貴方なら。」
「その人達を、実験体にしたのか…。」
「彼にとってみれば、やむを得ない犠牲よ。」
「そして成功した。」
「だから私達がここにいる。けど政府は歓迎する所か、その計画そのものを抹消した。」
その話はあたかも善意深き科学者が、禁忌の兵器を作り上げたように渚には思えた。
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