よそよそしい殺意

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「行ったか?」 「取り合えずはね。」 「しかし…あいつも勘が鋭いな。」 白井はひっそりと暗がりから姿を見せ、肩を回しながら疲れた溜息を漏らした。 「しかしいいのか?」 「何が?」 「何がって…神様はないだろう?」 「間違ってないわ。そもそも、祖父様の理想はあなたが立ち聞きしたとおりよ。」 「あの爺の理想は高すぎだ。」 白井は手に持っていた竹刀で左肩を叩いた。 「俺達とあいつらの何が違うって言うんだ?異端で奇形なのは同じだろう?」 「信念が違えば義と悪に分かれるわ。」 「理屈はそうだ。」 七海が座っていた椅子に座り、砕けた姿勢で白井は写真を拾い上げる。 「悲しいが、現実は違う。力こそ全て。善も悪も、理論や理屈の上でしか成り立たない。」 はかなげに呟いた白井は写真を放り出す。落ちかけたそれを七海は指先でそっと抑えた。 「仕方ないわ。彼にはそれくらいの嘘をつかないと、何をしでかすかわからない。」 「違うだろ。」 立ち上がり、七海の横を通り過ぎる刹那、白井は言った。 「掌にのせたいだけだろ?」 取り残された七海は何も言えなかった。 人として生まれ、人の歴史の中で消える事が出来たなら、きっと当たり前の五感でありきたりな刺激を味わえた。 それなのに今ここにあるのは、ひどい耳なりが続く不毛の宵闇。 ゆるぎない明日を約束された代償に、狂おしいほどの退屈を得て、途方のない道を歩き続ける。 なぜ自分がとは、考えるだけ無駄だろう。選ばれたのは自分だ。 きっと誰もが生の疑問を抱き、確固としたシルシも得ず、死の羅刹に呑まれていく。 人と出会い、人と生き、人を求める。 人によく似た奇形種には得られない原始の感覚。 行き着く未来がしりえないからこそ味わえる快感。 並べて、突いて、弾く。 もう忘れてしまった。 だから彼には覚えていて欲しいのだろうか。 神とか人とか、普通とか異常とか、無垢とか卑屈とか、そんなもの関係無しに、ただあるがままに愛を、悲しみを、真実を示せる者に。
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