体育館裏で…

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「聞きたい?」 話してみて分かった事がある。 かなり悪戯が好きなタイプだ。まるで遠くから笑って見下ろすように。 「いい。」 渚は席に戻って荷物を手にする。これ以上留まっていると危ない。そう指先が教えていた。 「ホントに?」 「嘘言ってどうすんだよ。」 「どうかなぁ?」 教室の戸が開かない。 鍵穴はない。 硝子窓もだった。 「ねぇ、一つ聞いていい?」 青沢の声は陰湿に渚の背中をなめ回す。 「何だよ。」 「好きな人っている?」 渚は首を振った。いたとしてもそうするつもりだった。 「じゃあ今はフリーなんだ。」 青沢の手が渚の肩に吸い付き、手慣れた口調で言う。 「あたしとなら、どう?」 渚はなんとなく危険を感じた。見た目以上の積極性と、ふしだらさが背筋に悪寒として伝わり、渚は思わず避けるように身を反転させた。 青沢は涼しい顔をして一言、 「後悔するよ?」 そう言い残して、渚を廊下に突き飛ばした。いつの間にか戸は開いていて、尻餅をついた渚を面白げに見下ろした青沢はまたぴしゃりと戸を閉めた。 いや、多分違う。 勝手に閉まったのだ。 そして今日にいたるわけだが、当の青沢は別段昨日と変わらず黙々と影薄く過ごしていた。 整理がつかない渚も昨日の事を蒸し返す余裕もなく、無事に終礼のチャイムが鳴ったと思ったら、こんな有様。 全くどうかしてると渚は起き上がるも、もう体のどこが痛いのかわからないくらいあちこちから安静しろと叫び声が上がった。 そもそも青沢は極悪の兄に打ち明ける程仲がよかったのだろうか。泣いてわめくほど動揺していた素振りもなかったし、寧ろ掌でコロコロ転がしているような、そんな優越感を匂わせていた。 大体今時、妹の恋路に割って入るあつっくるしい兄貴がいるのだろうか? フェンスの向こうから澱んだ夕日がまどろっこしい陽を絡ませようとする。この日、この場所で起こった出来事をうやむやにするように。 渚はズボンについた渇いた土を叩いて、街を見下ろしながら思った。 (つまんないや。) 全くもってつまらない。 昨日の不可解な現象がどうであれ、ともかく青沢は嵌めたのだ。 (俺が何したっていうんだ。) まがまがしい溜息をしてその場を去ろうとした矢先、渚の爪先が何かに躓いた。 ここまで不運が繋がると、流石にもう苛々は無くなる。
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