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朝、いつもならぼんやりと霞む天井がはっきりと映る。
毎日のようにがらがらの電車に乗って向かう学校。今日に限って満員御礼の箱の中。
起床は、指先の激痛からだった。左手の薬指は青く、あの指輪が肉に食い込んでいた。
痛くて堪らないが、外しようもない。のたうちまわりながら偶然鞄に触れるとそれも収まった。
離す。
痛い。
離す。
痛い。
昨日の事を露骨なまでに現実視させたいのか、制服に袖を通すとおとなしくなる。
校門を過ぎ、校舎を見上げた。違う事。
自分のものじゃない日常が、ここにあるという事。
ただそうやって、自分以外の人達が、ただ当たり前のように日常を分け合っているのをみると、渚は呆れてしまった。
なぜならそこにある日常は、決して自分にとって望ましいものではなかったから。
最大多数の中で、最大の幸福を、あたかも相手の顔色を伺いながら模索しあう世界で、一体何が見つかるというのか。
今求めている物。今感じている事。それが僅かにずれているだけで、この立ち位置が暗転するのは甚だ非情ではないか。
でも、今はそんな事より指輪である。
教室に行く前に、渚はトイレに入って外してみた。
「っつう!!」
目を覚ました。またグイグイと逃げ込む。
腕を振り、指に水をかける。
痛みは去っても、不安は居残る。
死ぬまで一緒、とでも言いたいのか、指輪は不審そうに僅かに指をえぐったままだった。
昨日の現象を思い返してみる。でも少年の支離滅裂な言の葉から何が見えるわけもない。
指輪をつけた時、自分は何を固く決めたのか。
朝からこんなに疲れた事なんてなかった。
「風邪?」
自席につこうとすると、青沢が横から冷やかす。
「別に。」
椅子に腰掛け、鞄を机に荒っぽく置いた。
憔悴している理由。
こうも苛々しているのは…
うっとおしい紅の光景。
指輪の奸計でずっと気が逸れていたが、青沢の顔色を見るなり思い出してしまった。
「あれぇ?指輪、買ったの?」
「買ってない。」
「だって付けてるじゃん。」
「頂き物だ。」
「ははぁ。」
青沢は勘繰るように顎先を摘んで渚を眺める。
「将来を誓い合う人がいたの?頂き物って…」
「いない。好きなやつもいない。」
「だよねぇ。赤崎君、嘘つけないもん。めんどくさいって感じで。」
「青沢、何わかった口聞いてんだ…」
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