空の器

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「だって置き勉してるし。」 「してない方が珍しいだろ?」 渚は教材を抜き出す。 「教科書グシャグシャ。」 「自然になったんだ。」 「扱いが悪いんだよ。」 「何なんだよさっきから。」 と青沢にきつい視線を向けようとした時、渚の瞼は静かに止まった。 青沢の右目に瞳孔がない。瞬き、見入ろうとするが、白目を剥いている。 「え?私の顔になんかついてる?」 「いや…なんでもない。」 「見とれてたの?」 「…」 「素直じゃない。」 予鈴がなり、大方のクラスメート達が教室に集まってくる。彼等は一様に、目を点にした。 「おいっ。赤崎どうした!?」 と目の前の机を叩き雄叫びを上げるのは、長身の細身、一目見れば絶対剣道部とは思えない体格の、白井竜也である。 「お前…ついにまっとうな高校生になる決心が…。今日は赤飯だな、母さん。」 「朝からそんなにボケるな。突っ込むの疲れんだよ。」 「あんだよ。ボケるのだってな、力いるんだよ。」 「あんのかよ。そんなもんに。」 「あるともっ。」 白井は右手の三本指を突き出す。 「知力、体力、精力だっ。」 「一つ関係ないもの、混じってるぞ。」 「おおっと失敬。精神力の間違いだった。」 「間違うんだ…。」 「人は誰だって間違うぞ。」 「それは置いといてよ…」 渚は廊下を指差して、他の生徒にも聞こえるように言った。 「お前、袴で授業受けるつもり?」 無論、皆気付いている。そして誰も笑わないのは、笑えるほど面白くなかったから。 「もちろんだ!」 それから女子がブーイング開始。 「ちょっと、やめてよね!着替えてきなさいよ。」 「どうせ朝練でてきたんでしょ。臭いの嫌!」 「イヤー!白井近寄んな。」 だが当の悪臭源は自分の席につこうと歩きだす。 女子は喚き、もうSHRが始まりそうなのに、室内は局部的に混乱する。 耳元に奇声罵声が飛び交うだけならいい。これが放課後ならば幾らでも許せるし、見てみぬふりして帰ればいい。 担任が戸を開けた瞬間に、火の粉はこっちにまで降り懸かる。 それだけは絶対にゴメンだ。 「白井ぃぃぃぃ!!」 ぴたりと沈む。渚は白井の右手首を掴み、 「着替えてこい!それまで帰ってくんな!でなきゃ、皆の総意の元、てめぇをぶち込む!」 「お、おい、ぶち込むって…」 「天に召します神様の所だ!」
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