シャム猫のユキ

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   適当に近くのファミレスを見つけて才谷を座らせると、案の定質問が飛んできた。 「所長、どうしたって言うんすかいきなり」 「デリカシーがないね、俊。彼女、別れちゃったのさ」 「えっ……」  言った俺も、こんなに軽くもらしていいのかと思う。でも、あからさまに言う才谷も悪い。とりあえず、別の話題を振って、心の整理をつける。 「何にするか決まった?」 「所長のと同じで結構っすよ」  店員に適当に繕った後、運ばれてきた水に手をつける。才谷は、強張った表情のまま尋ねた。 「所長、顔色悪いっすね。夏風邪っすか?」  なにか言い返したら、バカだのなんだの言われそうだ。仕方ないから、嫌みのように混ぜっ返してやった。 「……今頃、猫抱いて泣いてるかもね」  俺が採用してから一年経つか経たないか。彼女はその頃、仕事と私事の両方で真面目さがあって、今の仕事と同じように几帳面で少々きつい性格だった。  若くて可愛らしい顔をしてるのに、私事のときも、その頃には男一人もよって来なかった。  去年の秋頃だったか。あの首輪のないシャム猫が事務所に来るようになったのは。  その頃から、さばさばしていた彼女の性格が少しずつ柔らかくなっていった。  ユキにしか見せない笑顔が、仕事以外の時でも見られるようになった。  あの娘にかけていた心配はいつの間にか消え、俺の知り合いの谷島と付き合っている報告を、澤地さんと一緒に呑みながら聞いた時には素直に安心した。  その時、彼女、いい笑顔を見せてくれた。  ……まあそんなこんなで、彼女はユキを可愛がっているのだ。 「……所長、ぼうっとしてどうしたんすか」 「いや、別に何でもないよ」  席に灰皿があることを確認して、ポケットから煙草を取り出し、紫煙をくゆらした。 「澤地さん、どう思う?」 「は?」 「去年の冬、彼氏の報告聞いて、悔しそうな顔してたよ、君」  途端に顔を赤らめる。この若い男は、自分の事となると疎い。 「今日は途中で切り上げて、飲みに誘いなよ」 「何を話せば……」 「なに、ただ愚痴でも聞いてやればいい。彼女、仕事の不満とか結構話してくれるし。それに君、そんな感触悪い印象はもたれてないし」  そうっすか、と不安と安堵の入り混じった返答に、仕方ないなと、兄貴分のようにしばらく話してやった。  
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