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石灰焼き人形として生まれたオレはひとりで猫の事務所を開いていた。
今日もいつものように紅茶を煎れていると、扉の外に気配を感じた。
依頼人だろうか……?
いや、依頼人にしては気配が弱々しい。
大方人間の子供にいじめられた野良猫が迷い込んできたのだろう。
手当てくらいはしてやれるが。
そう思ってオレはそっと扉を開けた。
「………よぉ」
そこにいたのは自分の何倍もある、片耳だけが茶色いキズだらけのデブ猫。
息も荒く、辛そうに石畳の上に横たわっている。
もっと小さな猫を想像していたオレはつい拍子抜けしてしまった。
「お前が噂のバロンか?」
その猫は自分のことを知っているらしく、目つきの悪い細い瞳がオレを見る。
この顔、どこか見覚えがある。
「ああ、そうだが」
頷くと、猫はだるそうに体を起こして近づいて来た。
「依頼人か?」
オレはその顔をどこで見たか思い出そうとしながら尋ねた。
猫ははっと鼻で笑う。
「そう見えるかよ」
「……見えないな」
その猫にとっては小さすぎる事務所の扉を全開に開いて、オレは中を指差した。
「あ?」
「手当てをして欲しいのだろう? 入れ」
「…………」
猫は一瞬黙ったが、すぐに重たい体をのそのそと動かして事務所に入って行く。
オレもその後に続いた。扉を閉めて振り返ると、その猫は勧めるまでもなく勝手に椅子に腰を下ろしていた。
みしみしと音を出す椅子。
オレは溜め息をついた。
「全く、よくここまでひどいケガを負えたものだな」
「うるせぇな」
こっちにもいろいろあるんだよ。
血の滲む傷口を猫はぺろりと舐めた。
「この傷、人間の子供にやられたものじゃないだろう」
オレはアンティークな戸棚からコットンに消毒液、包帯を取り出した。人間の子供にいじめられた猫は、大抵石を投げられて擦り傷が多い。
だが、その猫の傷は刃物で切られたような傷だった。
「猫の国から来たのか?」
はたまた逃げてきたのか。
見上げると、黒い小さな瞳がこちらをちろりと睨んだ。
悪人面で傷だらけのその猫はまるで犯罪者のよう。
猫の国からの逃亡者?
それはつまりお尋ね者。
その瞬間、胸のつっかえが取れるのを感じた。
「お前、確か指名手配されてるな」
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