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遥か上空には暗雲が立ち込め、雲下に広がる草原には、ただただひっそりと佇む古城があった。
広大な草原には、数え切れない数の人間達が、怒声や咆哮を上げながら、武器を用いて争っている。
剣と剣のぶつかり合い、流れる鮮血、倒れ伏し物言わぬ屍。敵と味方に区別が付いているのかも、判断出来ない。
――戦争。それは戦争だった。
人間達は、二つの勢力に別れている。
一つは、古城へ進軍する者達、“ヒト”の勢力。
もう一つは、それらを迎え撃つ者達の勢力。迎え撃つ勢力の人間は、一様に“ヒト”とは異なった容姿を持っていた。
ある者は尖った耳を持ち、またある者は獣の様な尾を持つ。
彼らは人間であるが、“ヒト”ではない。進化の過程で“ヒト”より枝分かれした種族だ。総じて彼らは“ウィザード”と呼ばれている。
“ヒト”と、“ウィザード”。彼らの戦いは熾烈を極めていた。
● ● ●
「城内に侵入者です! 真っ直ぐに玉座の間へと進んでいます!」
暗雲より轟いた雷鳴と共に、城内に焦燥した声が響き渡る。
“玉座の間”と、そう呼ばれた広間――古城の最上階に位置している――には、飾り気の無い玉座があり、そこに一人の青年が腰を下ろしていた。
青年は、声に大した興味を持つ様子も無く、所在無さげに自らの手を眺めている。
手を眺めるその双眸には、凡そ覇気と呼べるものは感じられず、ただ無機質に輝いていた。
「あと数分で辿り着く見込みですが、如何致しましょうか」
響く声は平静を取り戻しつつ、玉座に座する青年に指示を仰ぐ。青年は一度眉を顰めると、やがて諦めたように呟く。
「……別に通していいさ。ただ、決して手は出すな。無駄な犠牲を出してはいけないからな」
「畏まりました、仰せのままに」
その返事を最後に、声の気配は消え去り、玉座の間は静寂に包まれた。
青年は眺めていた手を下ろし、玉座に背を完全に預けると、目をそっと伏せる。
声が途切れてから数分が経った頃、青年は何を感じ取ったのか、急に顔をしかめた。
青年は緩やかな動作で玉座から立ち上がり、正面の直線上にある無骨な扉を見据える。
そして、憎しみとも悲しみとも取れぬ表情で、直に訪れるだろう侵入者の到着を待った。
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