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「侵入者とはやはり君だったか、レガ。流石は“勇者”だな」
無表情を崩さず、冷淡な口調で語り掛けるユリス。男――レガと呼ばれた――を見据え、ただ立ち尽くす。
「最も、僕に挑む命知らずなど、君以外には思い浮かばないが」
「ハンッ! それはそれは、光栄じゃねえか! “魔王”様からのお墨付きとはなあ!」
レガは鼻を鳴らして、思ってもいないであろう言葉を口にする。彼の乱暴な言葉遣いに、ユリスはそっと溜め息を吐いた。
「相変わらず、品の無い男だな。まあ、それは置いておこうか」
ユリスはレガから視線を外し、彼の隣に立つ女性に移した。その双眸に捉えられた女性は、僅かに体を強張らせた。
「まさか、君まで此処に来るとは思ってもみなかった。“大賢者”クロエ」
ユリスはレガに向けたと同じ、冷淡な口調で女性――クロエ――を睨み付ける。
クロエは胸の前で拳を作ると、一歩歩みを進め、自身を凝視するユリスへと言葉を紡いだ。
「ユリスッ……! ……いいえ、“魔王”ユリス! 私達は貴方を倒しに来ました! 覚悟……してください!」
クロエはどこか吹っ切った瞳でユリスを捉えて、泣き叫ぶような声で高らかに言い放った。
対するユリスはクロエの言葉を聞くと、淡白な微笑みを浮かべ、震える声で呟く。
「違うな、違うさクロエ。言葉が違うだろう? “殺しに来た”の間違いではないのか? 僕を……いや、“魔王”であるこの私を。そうだろう? レガよ」
冷たく絞り出された声、悲しみに似た、負の感情がそこから感じられた。
だが、戦いの前に高揚しているのか、二人はユリスの感情に気が付いてはいないようだ。
レガはユリスを睨み付けると、クロエを庇うような体勢で、一歩前に出る。
「ああそうさ。陛下直々の御命令でな! お前はもう、“魔王”としか見られてねえんだ!」
「………………」
レガに反論をすることも無く、ユリスはただ黙って目を閉じる。少しだけ、ほんの少しだけ、拳を握り締めた。
「御託を並べんのはもう止めだ。“善は急げ”ってな! さあ……戦いを始めるぞ!」
レガは昂ぶった声色でそう告げながら、腰に携えている剣を抜き放ち、ユリスに向かって構える。
「……避けられない、か」
ユリスは一言、彼らには聞こえない呟きを漏らしていた。
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