5人が本棚に入れています
本棚に追加
私が彼女を初めて目にしたのは、ある騎士の葬儀の時でした。
暗い色の雲から、時折覗く太陽の光が、騎士の遺骸が眠る棺の中に、あたかも天の梯子のように、降り注いでいました。
彼女は、私の向かい側に立って騎士の遺骸を見送る列の中に溶け込んでいました。
幼心にも彼女は美しく見え、私は彼女に据えた目を動かすことが出来なくなりました。
この騎士の名前は忘れました。
彼には息子が一人居たのですが、彼も私がまだサラディニアのぬるま湯に浸っている頃に、宗派間の争いに端を発した、長く苦しい戦争の中で死んでいきました。
彼女を次に見たのは、あるパーティーの時です。
その頃には幼かった私もそれなりの分別を備えていましたから、彼女を不躾に見つめることはしませんでしたが、彼女の方が私の存在に気付き、近寄って来ると、そのくりくりとした目で、思いもよらないことを言いました。
************
皆さんは既に彼女の名をご存知でしょう。
私も、今は彼女の名を知っています。
故郷を離れ、一人この地に来てからというもの、毎日のように念じ続けてきた名です。
忘れようにも、忘れられない初恋の少女の、そして私に未だに聖職者のように清貧貞潔であることを強いる呪縛なのですから。
しかし、その頃の私はまだ彼女の名も知らなければ、彼女の周りにある男達の臭気にも気が付きませんでした。
ですから、暫くは彼女の名前を伏せようかと考えています。
************
まずは、私がまだ成長した彼女に出会う前、一つの小さな別れに至るまでをお話ししましょう。
私が幼かったあの日、私は一人の人間の死に立ち会ったのです。
最初のコメントを投稿しよう!