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「あんたはほんまに月が好きやなぁ」
部屋の窓の外を眺めているお侍さんの隣へ私は座って言うた
「なんや、おったんか?」
今私が声をかけるまで全く私に気付かんという口調……
「なんやとはなんよ?ウチを呼んだんはあんたやろ?」
「そうや……お座敷はもうええんか?」
いっつもこのお侍さんはやってきては私を呼ぶ。一目惚れやってよったわ
「お侍さんがちょくちょく来てくれるけん、待たせんように早うきたんよ」
「そうか」
この人は私を呼ぶんはええけど面白い事に、手を出したことがない。ただ、世間話して帰っていく……こんなお客さん、初めてや
「今日は何の話?」
「いやぁ、今日は月を見ていたい気分や」
「ほんならウチはいらんやないの」
そしたらお侍さん……にっこり笑うてこういうんよ
「月と君も見たいんや。名前に同じ月の入ってる君を」
ふふふって笑い返したわ
「綺麗なんは月の方や。ウチは綺麗やないよ」
そうや……この遊郭で綺麗な身体保ってる人間やおらんのやから……
「そんな事ない、俺は君を綺麗や思う。月よりもな」
そういうて……お侍さんは手を優しく握ってくれた
「……ほんなら1番綺麗なんは、お侍さんの方やわ」
その笑顔が汚い私を優しく照らす月のように見えるんは私だけなんやろか?
「月夜(つきよ)……」
今日はそのまま無言で月を二人で見よったら、お侍さんは急に私の源氏名を呼んだ
「……もう、帰るわ」
「……もうそんなに経つん?」
時はなんで早うまわるんやろ?
なんで止まらんのやろか?
「また来るけん……そんな悲しそうな顔すんなや」
「……分かっとるよ」
そいでも……私は顔は悲しい顔しとんやろね……
「月夜……俺が来ん時は月を見るんや」
「月?」
「俺は空が好きやけん。そん中でも月が好きやけん月が出とる夜は月を見るんや」
「……?」
「同じ月見よったら淋しいなんて思わんやろ?」
思い付きで言よるんか分からんけど……なんか嬉しかった
「そんならええやろ?」
「……ええよ」
私は笑顔でそう言うと安心しよったんかお侍さんは帰って行きよった……
……もうあの日からどれくらい月日が経つんやろ?
「月夜さん、次のお座敷行かなあかんのちゃうん?早ういかな」
「分かっとるよ……分かっとるけど……もう少し……月見させてや」
名も知らんお侍さん
今夜も月が綺麗やねぇ
(完)
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