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顔を拭くことは自分でも出来るので頷き、ゆっくり顔を拭いた
「あの男はもう来んけん安心しぃ」
頭を撫でながら優しい声で浪人さんは言う
「……なんでです?」
「ん?」
「なんで助けたんですか?」
私はまだ声が上手く出ないがかすれた声で言った
「なんでって……困ってたからやろ?」
「そのために自分の一生を捨てて良いんですか?あの男は金持ちの悪人で、逆らったら何をされるか分からないんですよ?」
それやから、他の人は自分が大事やけん見てみぬフリするんや……なのになんでこん人は助けるんや?
浪人さんは始めは黙っていたが、はっきりこう言うた
「ふん、そんな事されるより女が殴られて泣きよる方が我慢できんわ。それにな、俺はあの男より強いんやで」
強い?どうみても金持ちではなさそうに見えるのに……
「理由は言わんが強いって事は本当や」
言葉に偽りはなさそう……
「そうですか……ここへは何の用で?」
「用?ただの暇つぶしや。せやけど面白い暇つぶしになったわ……」
浪人さんは私の拭いていた手ぬぐいを取って水をつけて絞ってくれた
「名前は?」
「?」
「そういえば聞いてなかった」
そう言えば名前を教えてなかった……
「……小椿(こつばき)」
私は小さくつぶやいた
「そうか……小椿か。今までよう我慢したな」
浪人さんは優しく微笑んで手ぬぐいをくれた
「……」
涙がでそうになった。そんな言葉を言うてくるなんておらんかったから
「顔は女の命やのにな……ここもここやけど俺は何も言えん」
悲しそうに浪人さんはそう言うた
それから浪人さんは“傷を治せ、また気が向いたらくる”と言うて出ていった
私は今日ほど心を救われた事はないと感じながら浪人さんの顔を思い浮かべていた
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