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あるところに、とても仲の悪い夫婦と、二人のあいだに生まれた小さな男の子が住んでいた。
二人のあいだでは、つねに喧嘩が絶えない。ある日のこと、いつものように妻と言い争っていた夫はついに激昂し、包丁で思わず妻を刺し殺してしまった。
我に返り青ざめた彼は、台所の床下に穴を掘ると、その場所に妻の死体を埋めた。
自責の念から自首をすることも考えたのだが、そうするには残された息子があまりにも不憫でならない。
そこで彼は幼い息子に
「お母さんは遠いところへ旅に出た」
と嘘をつき、ごまかしとおすことにした。
ところが、その日からどうも息子の様子がおかしい。
まだまだ母親が恋しい年頃だというのに、一週間がすぎ、一か月がすぎても、いなくなった母についてなぜか一言もふれようとしない。ただ、父親のことをなにか言いたそうな、不審そうな目で見つめているだけである。
もしかしたら、見られたのか?
そうだとすればしかたがない、いっそのこと息子を殺して自分も……。
そんな考えに追い詰められたある日、彼は食事の席で息子に
「一つおまえに言っておきたいことがある」
ときりだした。我が子を手にかけるまえに、真実を伝えておこうと思ったのだ。
ところが、彼が次の言葉を発するまえに、息子がこんなことを聞いてきた。
「僕もお父さんにどうしても聞きたいことがあるの。お父さんは、どうしてずっとお母さんをおんぶしているの?」
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