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(ううん、落ち着くのよ、千鶴子)
心の中で首を振り、自身に言い聞かせる。
こうなったら早く面談を終わらせるに限る。終始おとなしく努めることを決意し、その邪魔となる苛々をどうにか心の裏側に押し込めた。しかし、その努力は数秒で無に帰すこととなる。
「おかあさーん、おしっこ……」
ああ、空気の読めない弟が憎らしくてたまらない。保育所の水色のスモッグすら憎い。坊主憎けりゃ袈裟まで憎し――まさにその通りだ。
「あらあら、しょうがないわね――千鶴子」
ものすごく、嫌な予感がした。
「ちょっとトイレに連れて行ってあげて」
「なんで私が!」
思わず言い返してしまった。学校なのに、先生もいるのに、つい家のテンションで……ああ失態だ。
「だってお母さんは、学校の中よくわからないんだもの」
「坂野、面談は気にしないでいいから連れて行っておあげ」
大人二人に諭されて、渋々健太を連れて廊下に出る。
(まったく……!)
押し込めていた苛々がムクムクと質量を増す。
(もう、親と先生の二者面談でいいんじゃないの? 大体、娘の進路に関する大事な話し合いの場に、園児を連れてくるって、どうなの!)
「おねいちゃん……」
「……もうちょっと我慢しな」
もじもじする健太を抱えると廊下の端にある階段を下り始める。千鶴子の教室は四階にあり、四階には何故かトイレがない。いつも階下のトイレを使わなくてはならず、不便で面倒で仕方がない。
階段を下りるとすぐの場所にトイレはある。廊下の電気が消えてる中、そこだけ明かりが灯っていた。
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