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被害者について聞き出せる情報はこれぐらいか…。
竜彦はそう判断すると、ペンと手帳をしまい込んだ。
「…わかりました。ご協力ありがとうございました」
「すみません、あまりお力添え出来なくて」
「いえ、とんでもない! 貴重な情報でした。十分です」
「そうですか」
そう言うと、寿は力ない笑みをして見せた。
操舵室での睡眠薬騒ぎからまだ数時間しか経っていないのだ。
無理もない。
去り際、彼の体を気遣って声を掛けようとした矢先、寿の方から声が掛かった。
「せっかくのクルーズが台無しですね…。申し訳ありません」
「そんな! 職務ですから。さすがにこればかりは仕方が無いです。それより、寿さんこそ、あまり無理をなさらずに」
「お気遣いどうも。また、何かあればいらして下さい」
「では…」
やがて、軋み一つ立てずに扉が閉まる。
エレベーターへの道中、竜彦は寿達弥という男について考えた。
まだ事件の後遺症が残る中、客である自分に対しあくまでホスピタリティを徹底する態度。
まさに接客の、いや、人間の鑑といったところか。
自分もあれくらい人間ができていたらなあ。
ぼんやりと考えながら、やがて竜彦はロックの掛かった扉の前に辿り着いた。
ここはブルードーン号スタッフ専用の区間であり、船のいたる所にこうした出入口がある。
船のスタッフは、彼らだけが知る個別のIDナンバーをノブ近くのプッシュボタンに打ち込んで、専用エリアに入るといった寸法である。
今、竜彦を含めた船内の府忠署職員には、捜査の都合上、特別にこのIDが公開されている。
故に彼らは自由に一般エリアと専用エリアを行き来出来るのだ。
彼らに公開されたIDナンバーは、個別のIDを持つ船のスタッフ達とは異なり、緊急用のものであり、普段は使われる事のないIDであった。
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