盲亀の浮木

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竜彦は手帳に書き留めてあるそのナンバーを、ひとつずつ慎重に打ち込んでいく。 やがて、「ピー」という電子音と共にロックの外れる音が鳴り、一般客専用の通路に出る。 そこから右に50mほど進み、漸くエレベーターホールに辿り着いた。 朝食バイキングに向かう途中なのだろうか、子供連れや老夫婦など、既に10人ほどの客がエレベーターを待っていた。 勿論、彼らはつい数時間前にこの船の航海士が殺された事や、船が正規のルートから外れている事は知らない。 そしてこの中でその事実を知っているのは、自分だけだ。 竜彦は妙に高鳴る気持ちを押さえ付けながら、エレベーターを待った。 ふと、先程の寿の顔が思い浮かぶ。 もしも…。 もしも、あの人が被害者を刺し殺した犯人だとしたら…。 同僚の胸に無慈悲にもナイフを突き立て、純白の制服を赤く染める寿の姿を想像してみる。 その顔には、竜彦がかつて見た、あの温かな笑みが張り付いている。 その時、言い様のない悪寒が背筋を走るのを竜彦は瞬間的に感じた。 …まさか、な。 あの人に限ってそんな事はないだろうと、竜彦は愚かな考えを一蹴し、足早にエレベーターの中へと入っていった。
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