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それからしばらくの間、車内には不穏な空気が漂った。
このままでは気が相当滅入ってしまうと判断した沖はおもむろにに体勢をもとに戻し、体を捻って後ろの座席に置いてある茶色のリュックサックに手を伸ばした。
その中から取り出したのは、今朝コンビニで買ったばかりのあんぱんである。
幼い頃から3時のおやつとしてあんぱんに慣れ親しんできた彼にとって、このような合間に空いた小腹を満たすのにそれは最適の食料だった。
助手席で軽く貧乏揺すりをする指導員に気を配ることもなく、沖が封を開けてあんぱんにかぶりつこうとした、その時。
ダッシュボードの上に据え付けられていた無線スキャナーが突如空電の音を発した。
瞬間的に、沖の手も、指導員の足も止まる。
ひどい雑音が混じった声が言った。
『受け渡し成…功……ザザッ……繰り返す…ザッ…受け渡しは成功した』
沖は無意識のうちにあんぱんを後部座席に放り投げ、助手席側に前のめりになっていた。
『ザザッ…犯人は白のバンで逃走中……ナンバーは不明…23号線を南下している』
ふたりは思わず顔を見合わせた。
「23号線って……こっちじゃないか!!」
指導員の一声を機に、沖は慌ててキーを回し、エンジンをふかした。
ワイパーがフロントガラス上の雨水を横に吹き飛ばし、沖は普段よりか心持ち乱暴にアクセルを踏んだ。
目抜き通りに出てみるが、先程と大して変わったところは見当たらない。
変わったところと言えば、道路沿いの店の軒先であつかましくも居を構えていたホームレスの老人が、雨のために一時避難したのだろう、その姿を消していたくらいだった。
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