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ニッケルの通う学校では、夏休みの間、こうしてしばしば夜間に自由参加の催し物がある。多くはニッケルのような中等部に所属する生徒たちに向けたものだった。小等部では夜間の出歩きは厳しく制限され、高等部になると自分の勉強に忙しくなる。中等部の生徒たちは、概して勉強に精を出さずとも進路は保障され、体力や暇を持て余していた。殊に長期休暇となると、それが一層顕著になる。何か問題が起こる前に、彼らの持て余しているものを他へ向けさせることは、學校としても不可欠なことだった。高等部に所属している兄は既に、學校の用意する催しは卒業していた。今は専ら、選択地学の鉱物についての學問に熱中しているようだった。高等部では選択授業に理科を選ぶ生徒は稀らしい。皆、受験に必要な数学や外国語を選ぶ。理科であれば、正規の授業の補完として物理を選択することが常である。その所為で、プラチナは誰に気兼ねすることなく、教師の助言を得ながら、好きな勉強に専念できた。
ニッケルが生徒玄関から校庭へ出ると、大きな天幕が立っていた。運動場を覆ってしまうほどの大きさだ。夜天(よぞら)の下に佇む黒い影は、丘陵を間近にしたときの其の姿にも似ている。周りに皓々と明かりを燈した飲み物や簡単な菓子を売る露店が幾つか並び、生徒たちで賑わっている。
ニッケルは生徒たちの多くが手にしている薄青色の飲み物の入った壜を見ると、急に喉が渇いた氣がして、同じものを買い求めた。透明な壜の中で、泡がしきりにはじけている。遭達(ソーダ)水だった。
ニッケルは知った顔がないかと露店を冷やかしながら歩いたが、ひとりも見当たらなかった。同じ中等部でも、クラスや学年が違えば知らぬものなど、いくらでもいる。それに、こうした催し物の折には必ず顔を出す友人には、いずれ会えるだろう、と暢気に構えていた。露店は冷やかすだけのつもりだったが、結局マカロンとキャラメルのたっぷりかゝったポップコーンを抱え、天幕の中に入った。
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