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「あんたの家のすぐ裏よ。銀木犀のある、」
「まさか。あの家はもう大分前から空き家のはずだ。」
「……あんた、何も知らないのね。」
ラピスは憐れむような表情になって、ニッケルを見た。ニッケルには何のことか分からない。彼の家の裏には、毎年控えめな香りを放つ木犀のある家が確かにあったが、物心つく頃には既に空き家だった。新しい住人が入ったという話も聞かない。何より、近所に住んでいるという割には、ニッケルはこの少女を見かけたことさえなかった。
会話はそれきり途絶え、ふたりは黙々と歩いた。靴音に混じり、川の聲が響いている。
矢張り、庭で聞こえていたのは空耳だ。こんなに離れている場所の水音が聞こえるはずはない。ニッケルは納得し、家路を急いだ。三十分ほど無言のまゝ歩き、家の前でラピスと別れた。ニッケルは玄関の扉の把手に手をかける前に道路を振り返ったが、彼女の姿はもうどこにもなかった。
ニッケルは部屋に戻り、少し机に向かってから寝台へ入った。ずっと眠っていた所為か、なかなか寝付かれずにとうとう夜明けを迎えた。
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