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ランナーは二塁に一人居る。その時だった。我が校のピッチャーが渾身の力を込めて投げ、バッターが鋭くバットを振った。最悪で痛烈な当たりが放たれた。ライトの小谷の頭を越えるヒットだった。小谷は必死に走り球を追っていた。二塁に居たランナーはあっさりホームに帰ってしまった。打ったランナーも、もう三塁に掛かりホームを目指している。小谷は小さい体を最大限に大きく使い、ボールをホームに向かって投げた。
中学の三年間レギュラーにもなれず、それでも腐らず、諦めずに、あれだけ一生懸命野球をやった小谷が報われないなら、人生は嘘だと思った。
しかし、無情にもランナーは刹那の差でホームに滑り込んだ。今テレビに映っているのは野球推薦で入った有名で才能がある筋肉馬鹿が、努力の人を打ち負かす瞬間だ。審判のセーフのジャスチャーを確認した小谷は、天を仰ぎ膝から崩れ落ちた。そして人目をはばからずに泣きだした。
「可哀想だわねえ。決勝でこんな負け方するなんて一番残酷だねえ。」
おばちゃんがそう言った。俺は負け方なんてどうでも良かった。ただ小谷の努力が、才能に打ち負かされた事が辛かった。なんだか居た堪れない。小谷の負け方は格好いい。才能ある奴等を追い込んであと一歩で勝てる紙一重の所まで努力をしたから。
俺はレジで金を払い外に出た。汗が一瞬で毛穴という毛穴から吹き出した。まさに茹だるような暑さだった。灰色のアスファルトに陽炎が立って、遠くの方でゆらゆらと揺れ動いとった。
努力も勝負もしたことの無い俺は、惨めで無様な気分だった。
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