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「鹿山君。君はふざけておるのかね?」
高校野球の地区予選を、テレビで観ている鹿山に向かって俺は言った。口がぽっかりと開いている。
「はあ?何があ。」
「何があ。とは何だね鹿山君。君は高校三年生でだね?受験を間近に控えているんだよ?」
口は開いたまんまだ。そろそろ涎が垂れそうだ。
「神山ね?お前が地区予選観たいって言ったんだがや。」
うん。そうだ。確かにさっきまで凄く観たかった。しかし、汗水たらして球を追うクラスメイト、受験を控えた焦燥感、鹿山の呑気な馬鹿面、この全てのバランスが混ざった時、俺はこのままじゃいかんと思ったわけだ。外は炎天下だが、ここら辺の地主の鹿山の家には、何インチかは分からないが、とにかくどでかい薄型液晶のケーブルテレビも、冷凍マグロさえその気になれば保存出来るんじゃないかってくらいガンガンに冷えるエアコンも完備されている。鹿山は金持ちだから、勉強をしなくてもその気になれば(大金を包むって意味)いい大学に入れるだろう。俺は普通の家庭の普通の頭脳だから、このままじゃ定員割れを起こしている三流大学しか無理だろうな。
今の時代選ばなければとりあえず進学は出来る。だからなんなんだ?それが何になるというのだ?それも総て――とりあえず――のことでしかないじゃないか。
「テレビとエアコンを切り、窓を開けたまえ」
何だかよく分からないって顔をしながらも、ぐずぐずと鹿山は指示に従った。窓を開けるとヌルリと滑り込むように、マイルドな熱気が部屋に入り込んで来た。
「どうだ鹿山?何が聞こえる?」
「はあ?蝉がうるせえ。」
「そう、それ!鹿山!お前は、蝉がうるせえなんて言っとるけどね?彼等は暗い土に数年間埋まってだなあ、やっと地上に出て生命の叫びを歌い上げとるんだよ。つまりその歌を要約するとなあ?『ワッホゥ!オレっち生きてるぅ!!』って歌ってるんだね?」
「……。はあ?」
「で、鹿山君。君は若さ真っ盛りの蝉が命懸けで叫ぶこの夏に、エアコン浴びて、ダラダラとテレビ観て、人生なめとるんか?と聞きたいわけだよ。」
「なっ!人ん家で今まで恩恵を受けとったおみゃあに言われたねえわ!!」
うん。確かに俺は鹿山家の財力に恩恵を受けていた。反省した。もうしません。今晩の店屋物のひつまぶしで最後にしよう。
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