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色白な篤がすっかり赤みを帯びた頃、外界では薄紫色の街に下世話な明かりが灯りだす。
いつもこのくらいからが篤の仕事の時間…らしい。
らしい。のは、本人がそう言うからで、あたしは何をやってるのかも知らない。
知りたくない。
一応想像はしてみた。
その時々でクラブ系オーナーだったり、外食系のマネージャーだったり、貸金の取り立て屋だったり、ある時は倉庫管理だったり!
でも、どれも篤をツマラナイ男にしてしまっていた。
あたしの欲しい篤は、何者なんだろう。
目の前でつややかな瞼を閉じる男は、今日は魚河岸のセリ人ということにしてしまった方がおもしろそうだ。
築地か…。社会科見学行ったっけ?
大変だね篤。
天井のダウンライトを少し落としてそっとベッドから出ようとしたその時、眠ったのかと思っていた篤が突然口を開いた。
「踵が、つるつるしてさ、冷たいけど丸くて気持ちいいんだよ。踵が、忘れられねんだよ。」
「どうしたの、急に」
「お前が聞くからさ」
篤は瞼を閉じたまま続けた。
「そいつ言ったんだよ。
世の中スイスイ渡りたいなら踵の手入れが大事だって。」
「ますます意味わかんないよ」
寝言?夢でも見た?
そう言おうとしたら、すでに篤は寝息をたてていた。
夢の世界へ入って行く篤と入れ代わりに、夢の世界から出て行くあたし。
いつも通りに、扉を閉めた。
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