九日目

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しかし、戻ったところで尾行者らしき何者かはいなかった。 今となっては尾行者が人間である必然はないが、これまでの騒ぎで俺が神経質になっていただけなのかもしれない。 どちらにせよ、これ以上帰宅を遅らせるのはよくないだろう。 俺は再び踵を返した。 背後には、白い車が止まっていた。 車種は知らない。 やや離れたこの場所からでも分かる、田舎には不釣り合いな外観。 格好いいというよりは品がある。 非合法組織の幹部が乗っていそうな高級車、とでも言えばいいのだろうか。 何となく近づき難い。 そんなことを思いながら脇を通ろうとした時、運転席の扉が開いた。 「……」 あ、と声を上げそうになる。 運転席から出てきた人物は相真の父、先澤相次さんだった。 一拍遅れながら、「こんにちは」と場違いな気がする挨拶をする。 「突然、すまない」 「あ、いえ、気にしないで下さい。どうしましたか?」 「少し、君と話をしてみたいと思ってな」 仕事帰りなのだろう、見れば相次さんはスーツ姿だ。 推定するところは四十代の会社員なのだろうが、その立ち姿には威風堂々という言葉が何よりも似合う。 若くありながら貫禄を備えた人物というのは、こうして相対してみると気圧されてしまうようだった。
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