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子供のころに聞かされた、猫にまつわる怪談話。
その舞台となったのがこの家、というか、この土地だと教えられているからだ。
しかもその話が付近一帯に知られている民間伝承の類ときている。
それ故に、友達以外でこの家に何の用もなく訪ねてくる人は、ほとんどいない。
別段俺が疎まれているというわけではない。
それでも近所の主婦は時折我が家のことを噂している。
今度はいつまで生きられるだろうか、と。
「ふぅ……」
いつの間にか部屋の前で立ち尽くしていた。
上半分が障子で、下半分がガラスの戸に手をかけ、横に引く。
明るい部屋。
ベッドに机。
本棚に押し入れ。
丸い蛍光灯と、古びた畳。
窓枠には、昼間の曲者が腰掛けていた。
茶色のロングコートとスーツの上着はベッドの上に投げられている。
着崩した白いカッターシャツに黒いネクタイ。
そして、クロシェハットとビーチサンダル。
部屋に入ってきた俺には目もくれず、古ぼけた冊子を懐かしむように眺めている。
そのためか、こちらから冷静に第一声を放つことができた。
「窓の鍵は開いていましたか?」
「…………」
冊子から顔を上げた曲者だったが、言葉を返さず訝しげに俺を見るだけだった。
もっと他に言うことがあるだろう、と、その目は言っているのだろう。
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