九日目

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果たして、というべきか、否か。 「あ、先輩。おはよう」 食卓は既に万端だった。 鰆の照り焼きに温野菜、あさげの匂いはいつもより角が取れている。 「何だ、これ……」 寝坊の焦りも吹き飛んだ。 目の前の光景にしばし、茫然。 「あの、先輩?」 「あ、ああ……、おはよう」 ようやくそれだけ返事をするが、未だに状況を飲み込めない。 ただ、 「春風、もう大丈夫なのか?」 「……うん」 間抜けな聞き方ながら、ようやくそれを口にする。 制服にエプロンを着けた春風は、やや罰が悪そうにではあったが、頷いた。 「本当は一晩したら落ち着いたんだけど、なんか、どんな顔したらいいか分かんなくて……」 「もう平気だっていうなら、それでいい」 そもそも春風がそんな気負いをする理由もない。 顔向けできないのは俺の方だ。 「いや、なんて言うか……、ありがとう、先輩」 「ありがとう、か……。俺は最後まで手も足も出なかったけどな」 ごめんなさい、と。 謝罪が許されるならば謝りたい。 そうすべきではないとも、分かってはいるが。
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