九日目

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かくして。 相次さんの安全運転に揺られること、十五分弱。 到着したのは一軒の寿司屋だった。 「…………」 高そうだ。 敷居も値段も。 一見さんでは断られるまでもなく二の足を踏むだろう。 この片田舎にこんな寿司屋があるとは知らなかった。 地図で見れば上泉町は海沿いに位置しているから、別段不自然ではないのだが。 相次さんに続いて、宮寿司と書かれた暖簾をくぐる。 小綺麗な木造の店内。 蛍光灯の明かりを柔らかく照り返すカウンターは、年期を感じさせない清潔感がある。 店内は決して広くないが、閉塞感もない。 カウンターだけだが、スペースに余裕を持たせてあるからだろう。 その一角に、促されるまま腰を掛ける。 「驚かせたのなら、済まない」 相次さんは口を開く。 「落ち着いて話せる場所を、私はここしか知らなかった」 並んでカウンターに座っているため、お互いに顔は見ない。 真正面から顔を合わせるのは話をするのに適した形ではない、と聞いたことがある。 理由は知らないが、だからトーク番組などでは司会者とゲストの目線が直角に交わる場所を基本位置としているとか。 要するに視線の逃げ場が必要なのだろう。 俺としても、この位置は正直、ありがたい。
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