猫と別れ

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梅雨の大雨の日に猫を拾った。 黒いシマシマのある、灰色な猫だ。ただしお腹だけは白い。 拾ったのはふらっと立ち寄った公園での事。 大きな一本の木の下で、地表に出た根に紛れるようにして身を潜め、雨が過ぎ去るのをただじっと待っているようだった。 目の前でしゃがんで顔を覗くと、気配を感じたのか青い目をうっすらと開けた。 ナァ…… 小さく猫が鳴いた。大雨と、車の通る音と、何だかよく分からない雑音しか聞こえない世界で、猫の声は意外にもしっかりと聞こえた。 猫の視線はじっと一点で止まっている。 スーパーの袋…… あぁ、なるほど。 お腹が減っているのかもしれない。 中にはおつまみのささみが入っている。 猫も犬のように鼻がきくのだろうか。 とにかくささみを取り出して猫の目の前に置いてみる。 すると初めは警戒していたが、鼻で匂いを確認した瞬間、お腹を空かせた子供のようにささみにがっついたのだった。 たったそれだけの出来事。 なのに妙にその猫が気になって、一人暮らしのアパートに連れて帰ってしまった。 ナァ。 アパートに入るなり、猫が鳴いた。 アパートはペット禁止なので、慌ててシイッと指を立てる。 ナァ。 分かってくれるはずもなく、もう一度鳴く。 それどころか、ガサガサとスーパーの袋をあさりだした。 中から取り出したのは食べかけのささみ。 まだ食べたりなかったのか…… 適当な皿にささみを出して目の前に置いてやると、やはりすごい勢いでがっつきだした。 ささみ好きだなお前。 だから、名前はささみだ。 と、かなり適当に名づける。 もし自分が親に同じように名づけられていたらぐれているだろう。 名前。 それは運命の一つだ。 弟は剛と言う。 いかにも体が頑丈そうで、スポーツができそうなイメージがある。 そんな剛が3日前病気で死んだ。 もし剛がもっと弱そうな名前をつけられていたら、運命は変わっていたかもしれない、などと思う。 今日は葬式の帰りだった。 そんな日に猫を拾うなんて、何を考えているんだろうか。 ささみはささみを食べ終えると、こちらにすりすりとすり寄って来た。 ささみ。 試しに呼んでみる。 ナァ。 返事が返ってきた。 気に入ってくれたのか。 そうでないのか。 まあ、自分が余り良い名付け親でないのは確かだろう。 そんな考えに相づちを打つように、ザァと雨が強まった。
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