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僕はハチ公前出口から道玄坂方面に向かって歩いていた。午後三時、まだ間があるな、ちょっと暇を潰さんといかんなと思い、坂を登り百軒店のジャズ喫茶に行くことに決めた。「サブ」に着くとサックスの大音響が扉ごしに聞こえ、その迫力に圧倒されて、クラシックにしようかな、と少しためらったが思い切って中に入った。10人ほどの客が首を振ったり、本を読んだりして、ソニー・ロリンズの「カッティング・エッジ」を聴いていた。一人で座って、ラブレーの「ガルガンチュアとパンタグリュエル」を読んでいた萩尾を見つけ、向かいの席に腰を下ろした。
萩尾はチラッと僕を見遣ったが無視し、また読書に熱中する。今時、糞の腸詰めでもあるまいに、と軽蔑したがジャズとラブレー、この組み合わせ、シュールな感じがする。萩尾は福岡の八女出身で、親から仕送りを受け、適当に遊んでいる、大学にも行かない男だ。
僕はアイス・コーヒーをたのみ、ニーナ・シモンの、「アット・ニューポート」を次の曲にリクエストするため、ソノ子にそれを書いた紙を渡した。「トラブル・イン・マインド」が終わり「リトル・ライザ・ジェーン」がかかる。ジェーン、ジェーン、ジェーン、ジェェェーンと心地良い、低いヴォーカルが流れると僕も、オーリトルライザァー・リトウル・オオマァァィライザァー、と小さな声を出して口ずさむ。そこにやつが入って来た。大学のサークルを牛耳って、我が物顔に前衛演劇を繰り広げている奴だ。前衛に必要なのは驕りではなく謙虚さだ。最先端を行っているという、誇りや自慢、傲慢さでなく、道を切り開かせてもらっているという、卑屈さや羞恥心や、遜りなんだ。そんな事で得意になるなんて、明治、大正の時代にとっくにやっている。現実、現在を発見したからといって、何の足しになるんだ。せいぜいプロメテウスかハイデガーになるのが関の山だ。初物を自分だけの物にしおって、食い散らかして。
彼は連れの男と隣の席に座りニャッとした。そして体に似合わないバリトンでコルトレーンの「オム」をかけろ、と大きな声でウェイトレスに脅しをかけた。暫らく彼は連れの男と話をしていたが、やがて僕の方を向き、中島夏のチケットを出し、やるよ、といった。僕はそれをありがたく頂戴し、そろそろ四時半だなと時計を見、道玄坂を下りおりた。
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