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その後、部屋の片付けも済み、僕は少ない荷物を広げだす。
トランク一個分の荷物と、一式の画材だ。
窓から外を眺めると、月は今日も昇っていた。
結局、僕は今日も彼女の家で夕飯をご馳走になった。
彼女の作る料理は、天界のそれとはまた違った美味しさがあり、食卓も明るかった。
食事は静かに行うもの。という天界の食卓を根本から覆すものではあったが。
それはそれで楽しかった。
僕は窓の近くの椅子に腰掛け、外を見た。
風が、昼間の暑さが嘘だったかのように心地よい。
窓から見える、街の夜景も天界には無い美しさがある。
もう一度月を眺めて見ると、昨晩と比べていささか形に変化があるように思われた。
僕は思い立ったかのように筆を取り、それをキャンパスに描写していく。
変化する月、その変化を描いてみたい。そう思ったからだ。
僕は、夜が明けるまで夢中になってその月を描いていた。
風は、その開け放たれた窓を出たり入ったりする。
風が入ってくる度に、土や草といった大地の香を運んでくる。
隣の家の屋根の上では、黒猫が欠伸をしている。
そこには、絵に描いたような平和が広がっていた。
僕は、この土地が、この地上が心底気に入った。
彼は、その生涯で何枚もの月の絵を描くことになる。
その枚数は、数にして60以上。
そして、その作品全てにタイトルはついていない。
彼は後世まで、〝同じ形の月は一度としてない。月とは当番制で、億の数の月が毎晩入れ替わっているのかもしれないな〟と語っている。
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