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真子はとにかく当てることだけに集中した。
一体どう投げたらこんな球になるのか、なんて細かい理屈は今は必要ない。
大切なのは、常識云々に囚われずに現実を見ることである。
実際目の前にそれがあるのだ。
何とかしなければならない。
初球。
何の躊躇もなく内角高めに投げ込んできた。
顔面に向かってくるイメージの直球を逃げたくなる気持ちを殺し、バットを動かす。
カットするようなスイングだったが、空振り。
ボールはバットよりもボール一個分上に来ていた。
(つまり、それだけボールがノビて来ているってこと、か)
二球目。
同じコースに対して真子はバントの構えを見せる。
バットに辛うじて当たるが、ボールはファール。
想像以上にこの球は打ちにくい。
「うーん、バントも上手い真子先輩が前に転がせずに当てるのが精一杯か~……」
名前通りの笑みを浮かべながら呟く絵美。
だが、その眼差しだけは笑っていなかった。
一流の狙撃手を思わせる獲物を見る鋭い視線。
そう、今の彼女は狩人なのだ。
藤村真琴という獰猛で野蛮な肉食獣を狩る為に動き出す。
三球目。
またもバントで対抗するが打球はまたもファール。
スリーバント失敗でアウト。
悔しげに唇を噛むが、今は我慢だ。
真子がアウトになると同時にベンチから東海林が主審の元へと出てくる。
代打だ。
ここまで好投した圭織が降板し、
「ハッハッハー、狩人の登場さね~」
自信満々に打席に向かう絵美。
果たして彼女の実力とは――――
――中橋はこの代打に警戒を強めた。
しかし、バントを三回続けて全部ファール。
真子同様、スリーバント失敗でアウト。
「ハッハッハー、失敗したさね~」
気落ち以前にむしろ誇らしげにベンチに戻っていく絵美。
『一体何のために出てきたんだろう』
誰もがそう思った。
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