傘が無い

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俺は猫が嫌いだ。 自由気ままな態度。 撫でてやろうと近寄ると逃げ、立ち去ろうとすると縋るように追ってくる。 実に面倒臭い。 たまに何の前触れも無しに『な~ぉ』とか鳴かれると寒気がする。 更に、人間様の足を毛繕いの道具にしてスリスリされたりなんかすると、もう鳥肌が鬼のように立つ。 だから嫌いだ。 だから嫌いになった。 だから嫌いになろうと思った。 いや、本当は理由なんかどうでも良かったのかも知れない。 『シューヤ!まだ寝てたの?』 携帯から響く嬉しい筈の声が、この日ばかりは黒板をひっかく音と同じくらいに嫌だった。 『エーコか、おはよう。』 『おはよう。じゃないわよ!今日の映画の約束!』 『あぁ・・・今日だったな。』 『もう、毎回毎回・・・後30分で駅前のミスドよ!来なかったら・・・コロpu-pu-pu-』 『・・・コロ・・・ッケおごれ・・・とかだろうな。』 エーコのいつもの悪戯が最近じゃ効果が無くなって来ていた。 毎回じゃ当然と言えば当然の事である。 携帯を力無く枕元に落とすと、ムックリと上半身を起こした。 安アパートの屋根を雨粒が叩いていた。 昨夜から降り続いていたらしい。 『・・・まだ止んでないじゃん。』 ふと、傘が無いことを思い出した。 『あ・・・昨日、飲み屋に置いてきたんだ。』 傘が無い、でも行かなくちゃ、君に会いに行かなくちゃ。 昨日、酔い潰れたスナックで誰かが歌っていたカラオケが、頭の中をエンドレスで流れていた。 井上陽水め、予言してたか。 つい、「都会では・・」と歌いながら、布団の奥に追いやられたジーンズとTシャツを引っ張り出して着替えはじめた・・・が、 『あぁ・・・行きたくない。』 問題は今日の雨。 否、昨日の酒。 昨日のスナック。 昨日の源氏名、キョウコ。
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