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目の前には木造で洋風の小さな家。否、此処は……店、だ。
店の前には小ぶりの花壇があり、瑞々しい緑の中にポツポツと白い花が咲いている。名前は知らないが素朴な印象の可愛い花だ。
そしてその脇には、くるくる回転する看板。螺旋を描く青と赤。
紛れもない、古き良き時代の床屋だ。
『すっげぇ、まだこんな店あったんだ。』
(そう言えばガキの頃はこんな店が格好良く見えたっけなぁ)
思わずノスタルジックに浸ってしまう。
俺が通ったのは決まって火曜の放課後だった。
店には週刊ジャンプが綺麗に並べられていて、それを待ち時間に片っ端から読みあさっていた。俺の田舎では月曜発売の雑誌が一日遅れて店頭に並ぶのだ。その為に火曜と決めて行くのだが、ガキの考えることなど一緒。だいたい同じ目的の同級生が三人程来ていた。
そこへ、
『こら、またお前達か!店に来たら早く呼ばんか!』
と、パリッとノリの利いた白衣を着た店の親父が登場するというのがお決まりのパターンであった。
『俺スポーツ刈り』
『僕は五分刈り』
『んじゃおれは五厘だ』
そう、一斉に注文しても、ただの一度も間違わなかった。
まさに仕事人だ。
それに比べて俺が今、通っている店ときたら、何というか安いだけが取り柄の実にいい加減な店だ。
豪快な笑い声が特徴のおばさんが切り盛りする、そこそこ繁盛している店なのだが、他の客の注文を間違って施されることがしばしばあるのだ。
俺もパンチパーマとやらを二度程かけられた事があったが、
『いいじゃない。イメチェンよ。』
との一言で、一蹴されてしまうのだ。
いいことなどある筈もなく、そんな時はもれなく丸坊主にするしかないのだが、一回630円の低料金では我慢するしかなかった。
俺は懐かしさもあり、歴史を感じさせる色合いの木製扉を引き寄せられるように開けた。
その扉の下部には何の為か、小さな押し扉が付いていた。
カランカラン、と扉の内側に付けられていたカウベルが軽快に鳴り響いた。
(うわぁ、良い雰囲気だなぁ。)
思わず店をぐるりと見回す。
入り口近くに棚が有り、レジが置かれている。鏡と椅子は一組。シャンプー台、隅に応接セット、本棚、店の奥にパーテーション。ラジオからは微かに懐メロが流れている。そして猫が居る。
ん?猫?
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