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『いや、その、実は・・・大の苦手でして・・・その、そちらの猫から逃げていたら、どういう訳かこちらのお店に来ていたといった具合でして。』
『何と!・・・はぁっはっはっは!こりゃ面白い。フクから逃げてたらフクの住処に誘われましたか。どうやらお客さんは猫に好かれる質のようですな。いやいや、お気を悪くなさらんで下さい。長いことこいつの飼い主をやってますが、こんなことは初めてでしてな。』
『は、はぁ。』
『猫好きの方を誘って来たことは何回もありますが、大の苦手と言われる方を連れて来るとは・・・しかも逃げてたってのに・・・ぷっ!いや、失礼。』
そんなに可笑しいことか?
俺は必死で逃げて来たんだぞ。
それが、逃げ込んだ先に居た。しかもそこが住処だったなんて。
『ぷっ!・・・自分でも間抜けで笑えます。』
『はぁっはっはっは!いや、こんなに笑ったのは久々ですよ。これ、フクや。しばらく外で遊んでおいで。』
一頻り笑った後、店主はフクと呼んだデブ猫を店の外に出してくれた。
『それでは、改めましてどうぞ。』
鏡台の前のシャンプー台に促され、前のめりに頭を突き出した。
店主の優しくも力強い指使いが何とも心地良かった。
頭皮の汚れと一緒に、頭の中にある悩みまでもが綺麗さっぱり掻き出されるようだ。
『痒いところはありませんか?』
『いえ・・・大丈夫です。』
そう答えた後も、暫くは手を止めず、全体的にマッサージしてくれた。
そして、シャワーで洗い流した後、
(あぁ、この香りは)
懐かしいトニックだ。
店主はそれを満遍なく振りかけると指の腹を使って適度な刺激を与えてくれた。
(懐かしい。ホントにガキの頃に戻ったみたいだ。)
『それでは倒しますよ。』
髭剃りに移る事を告げる店主の声を、俺は夢の中で聞いた。
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