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「止めろ!」
という低い男の声が屯所の中から聞こえたからである。
「土方副長!」
顔を真っ青に染め、焦る男。
そんな彼らの前で低い声の男は口を開いた。
「おい、その餓鬼は何なんだ?餓鬼相手に刀を抜こうとするなぞ大人気ない。」
はあ、と男は溜息をつく。
そして視線を詩季に移し、驚いたように声を上げた。
「お前…北神詩季!?」
「あれ、歳さんじゃないですか。こんにちは。」
そう言って詩季は懐かしそうに微笑んだ。
しかし男は笑顔を返す事も無く、棘のある声で問い掛けた。
「何故お前が此処に居る。」
怒ったような彼の声色に恐れることなく、詩季は問いに答えた。
「…志を果たしに来ました。私が此処に来たのは藩の意思ではなく私の意思ですから心配しないでくださいよ、“土方さん。”」
彼女は男の名前を強調すると、するりと屯所の中に入っていった。
「くそ…面倒事持ち込みやがって。」
土方と呼ばれた彼は小さく舌打ちをし、屯所へ入っていた詩季の案内をした。
「近藤さん、俺だ。」
とある一室の前で彼は声を掛けた。
その部屋は他の部屋とは少し離れた場所にあり、部屋の主が組にとって重要な地位に居る者だということを示している。
「ん?歳か。入れ。」
近藤と呼ばれた部屋の主が返事をすると、土方は襖を開け詩季と共に中に入る。
すると目の前には体格の良い一人の男。
彼は壬生浪士組の局長、近藤勇。
天然理心流の宗家である。
彼は詩季へと目線を移し、問う。
「入隊希望者かい?」
「はい。初めまして、北神詩季と申します。今回は此の壬生浪士組に入隊したいと思い、屯所へ伺いました。」
そう言うと詩季は近藤に一礼する。
隙の無いその動きに、近藤は少し笑った。
「俺は壬生浪士組局長の近藤勇だ。君は此処が女人禁制だという事を知っているかな?」
近藤の言葉に詩季の動きが止まる。
「…私が女だと、気付いていたんですか?」
「ということはやはり君は女性なんだね。」
少し残念そうな彼に詩季は察した。
「鎌を掛けたんですね。」
「ああ、悪いとは思ったが掛けさせて貰ったよ。さっきも行ったけどこの組は女人禁制だ。だから諦めて、女中をやってくれないか?人手不足なんだ。」
「嫌です。」
はっきりと拒否の意を示す詩季。
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