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次の朝。
俺は予想していなかった事が自分の身に起こった。
──今宵、佐々原様に水揚げされると云う発表を……。
「………桜花……」
紅い着物、前に掛けた帯……姿形は文句なしに綺麗な人が、控室にいた。
「──葉月…来てくれたんだ…」
控室の扉に寄り掛かっている葉月に向かって、俺は微笑んだ。
朝──…。
それはあまりにも突然な話で、俺は一瞬、我が耳を疑った。
“桜花花魁の水揚げを、今宵[桐ノ間]で行うとの事です”
そう云われた時、その場にいた葉月が驚いた。
「桜花はまだ18になってない。あいつは何考えてんだ…」
そう云いながら俺の肩を掴んだ葉月は、耳元でこう呟いた。
「──……桜花、何があっても自分を信じろ」
「……え…?」
「今から俺は桜花を綺麗にする。……佐々原様が誰であっても、お前は心を信じろ」
他の人には聞こえないくらいの小さな声で、葉月はそう云った。
佐々原様が誰であっても……。
葉月はくしゃりと俺の前髪を掻き上げると、衣装の準備の為に部屋を出て行った。
それから時が過ぎ、葉月によって俺は水揚げの為の衣装に身を包んだ。
「…綺麗だよ…桜花…」
細目で見る葉月に、俺は多少の諦めを含んだ笑いを向けた。
「男に綺麗って…使う物?」
そんな会話をしていた俺と葉月。
そして葉月は、俺にある事を問い掛けた。
「……桜花、まだ…諦め切れない…?」
葉月が何を云おうとしているのか……薄々は解っていた。
「…好きだよ…まだ…」
「それが今日、佐々原様によってだとしても?」
俺はコクリと頷く。
諦め切れるなら、こんなにも期待しない。
(水揚げは嘘だって…今云って欲しい……)
どうしても俺は楼主の顔しか浮かばない。
だから云って欲しかった。
“嘘だよ”と──……。
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