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俺はただ桜の樹の元へ急いだ。
もし…本当に居るのならば……。
この場所に来るのは──…。
「───楼主…」
樹の下に人影がある。
ふっ…と目の前を何かが舞い落ちた。
それはとうに過ぎたと云うのに……
舞い落ちたものは、桜の花びらだった。
「…夜に開花するものを“狂い咲き”と云う…」
一本だけ咲く満開の桜。
そして人影が近付き、月明かりが影の顔を映す…。
ぽつりとその声の主は、俺に優しい眼差しを向けていた。
「──まるで桜花のようだな…」
やはりそこに居たのは──。
「…何故…楼主が……」
(楼主は知っているはず…俺と兄弟だと云う事は…)
楼主は空を見上げた。
そうしてそっと…俺に真実を話し出した──…。
「覚えているか?15の春…桜の下で逢った事を…」
「───えっ…」
15…俺が雪香邸に売られた歳………。
(その春…俺は楼主に逢っていた……?)
俺はただ楼主を見つめる事しか出来ずにいた。
「…無理もないか、お前は寝ていたからな」
くすっと笑い俺の前に来ると、俺の前髪をそっと撫でた。
「ずっと前から知っていた…お前が俺と双子だと…。だから俺が引き取ったんだ」
だけどな…と楼主は続ける。
散って行く桜の花びらが、風に舞う。
「引き取ってわかった…。俺はお前を愛していると……誰にも渡したくなかったんだ…」
楼主はおもむろに俺を引き寄せ、荒々しく口付けた。
「…んっ…ふっ……」
───唇が熱い…。
(…でも俺は………っ!)
「──ゃっ…止めて下さい…っ」
俺は必死になって楼主から離れた。
「俺は売られた身です…っ」
全ては動き出している。
(…俺は佐々原様の妓人…どんなに恋い焦がれる楼主でも…俺はもう後には引けない……)
下を向いている俺の上から、思わぬ言葉が風に舞う…。
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