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「──俺はお前を買った…お前はもう…座敷に出なくていいんだよ……遥…」
────え……っ?
抱きすくめられて、俺はただ呆然としていた。
「俺の名は佐々原京一郎。お前は妓人ではなくなったんだ…」
(…………それって……)
「楼……」
「──愛してる、桜花……いや………遥…」
肩に回された手に力が入っている…。
夜風に吹かれて、桜の花びらが俺と楼主を包む。
楼主である“京一郎”
水揚げする“佐々原”
どちらも同じ人物だった……。
どちらも同じ“佐々原京一郎”だった…。
「…楼…主………」
「京一郎、だ…お前には…そう呼ばれたかった」
後ろから、ふわりと桜の香りがする。
(───…京一郎…)
心の中で呼んでみる。
楼主を「京一郎」と呼べる。
楼主、と…もう呼ぶ事はない…。
「…京…一郎……」
ほぞぼそとしか呼べなかったが、それでも伝わっていたらしい。
回した手が更に強くなった。
「……愛してる……」
そう耳元で呟かれた。
「…愛してる…愛してる…」
それだけしか云わない京一郎…。
「…ねぇ……俺を…抱いてよ…」
俺は京一郎に……そっと呟く。
…っ、と京一郎が息を呑むのがわかった。
………心は既に奪われた。
なら、今渡せるのはこの身体だけしかない……。
「…抱いてよ……京一郎……」
今度は俺が京一郎を強く抱きしめた。
風が吹く───。
俺は京一郎に唇を塞がれ、暗闇に意識を遠ざけた───。
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