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「お前…バカだろ」
「宮島もな」
三月はまだ肌寒くて、尖った空気がちくちく肌を刺す。空にはすっかり夜の帳が落ち、既に暖かみをなくしていたそこへ、今更身を投げ出すには、左手を包む熱が体に染み込み過ぎていた。
「…やめた」
気づけばそう零していた俺に、千裕はこっちも見ずに「ふぅん」とだけ相槌を打つ。
寒さの所為で強張った体に鞭打って、フェンスを乗り越え日常へと舞い戻り…改めて先程まで自分が立っていた場所を振り返った。
一歩踏み出せば、全てを手放すことになる場所だ。
隣に立つ千裕を見る。
(なのに、コイツはあっさりとその一線を越えてきた)
俯いていた千裕が顔を上げ…目が合って、
「宮島、俺は『原のことが好きなお前が好き』な訳じゃない。だからいつでも安心して…呼べばいい」
その微笑みに
(ああ…お前もまた病んでいるのか)と、
まるで鏡に映った自分を見ているようで、胸糞が悪くなった。
END
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