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大海人(オオアマ)さまと額田(ヌカタ)が愛の歌を詠(よ)み合った。
……いいえ、表面上はこの表現は正しくないかもしれない。
他の者たちの目にはきっと、それは歌の席での“余興”としか映っていなかったことだろう。
六六八年五月五日、蒲生野(がもうの)の地で大々的な薬狩(くすりがり)が行われた。
その後の宴の席で、酒に酔った父・中大兄(ナカノオオエ)が妻の一人である額田王(ヌカタノオオキミ)に発した一言。
「額田よ、吾はそなたの歌が聞きたい。昔そなたと愛し合った大海人もここにおることだし、どうだ、ひとつ愛の歌でも詠み合ってみてはどうかな?」
大海人さまと額田の顔が、一瞬ビクッと引きつった。
周りがにわかにざわつき始め、その様子を父は楽しそうに眺めている。
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