綺麗な箱

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街中は嫌いだ。この雑音や、絶え間ない人間のやり取りは疲れる。 昔はそうでもなかった、むしろ好みさえした。しかし、いつしか実体のある人と触れ合うことに、淡い恐怖を感じるようになっていた。 普段は温厚で冷静なイナギも、ゲーム中は満員電車で横臥するかのように野蛮で、想像を遥かに超える行動を取る。彼の狂気がでる瞬間だ。彼を見ていると、周りの人間の裏に秘めた悪心が見えてきて、私は、どうやらそれに怯えているらしい。  今日もイナギは、対戦相手を睨み付け、軽くゲーム機を蹴飛ばす。私は羞恥心を感じるのだが、イナギには黙っておいた。 彼自身、自分に恥ずかしさを感じていないのだから、傷をつけてはならないと思って。 私の思考は、彼には伝わっていない。彼の思考も、私には伝わらない。伝える手段は声であるから、とても不便だ。私には見える彼も、まわりの生物には確認できない。私が、イナギと話すところをだれかが見たとしたら、それは独り言のように見える。  それは実に不愉快で不便なことだが、私はイナギの力を大きく頼っているので、そうしてでも、イナギを体の中に留めておかなければならない。私は、イナギに体から出て欲しいと思ったことはない。 イナギも、未来を救うために、私という体が必要であるというのだから、両者は水魚の交わりである。
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