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それは、小雨の降りしきる夜だった。
時は慶応四年、旧暦の八月下旬。世が明治と改まる半月ほど前である。
会津戦争の最中(さなか)、若松郊外の滝沢村から塩川への逃避行。三里(約12キロメートル)ばかりの距離を、時折休みながらも夜通し歩き、夜明け前になってようやく塩川の入り口に辿り着いた。
「若さま、あと少しでございますよ」
励ますようなハツの声に、貞吉は返事をしたかったが、声を出す余裕はない。右手をハツの肩にまわし、身体を支えられながら、彼は苦しげな息を吐いた。
やがて雨が上がり、東の空が白み始めた頃、竹槍を持った数人の男が二人の行く手に立ちはだかった。
「お前達は何者か? このような時刻に何処へ行くのだ?」
訝しげな表情(かお)をした男達が、ハツに問う。
「塩川へ参る途中にございます。このお方を、お医者さまに……」
男達は、ハツに支えられた若い男に眼をやった。
若い男というよりは、未だ少年である。背丈はあるが、歳は十六、七歳といったところか。身分ある武士の子弟のようだが、首に巻かれた白い包帯に鮮血が滲んでいるのを見て、男達の怪訝そうな表情は同情的なものに変わった。
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